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七転び八起き(箴言24章)
「七転び八起き」ということわざがある。 箴言24:16節も七度倒れる話があるから面白い。 正しい人は七度倒れても、また起き上がり、 悪しき者はわざわいでつまずくからだ。 (箴言24:16) 正しい人は倒れても、倒れても、起き上がる。 一方、 悪しき者は、わざわいによってつまずく。 ここだけ読むと、 正しい人について語っている箇所のように思える。 ところが、 前の節を読むと、 景色が変わってくる。 悪しき者よ、正しい人の住まいを狙うな。 彼の伏す所を荒らすな。 (箴言24:15) なるほど。 16節は、 15節の理由なのだ。 悪しき者に向かって、 「正しい人の住まいを狙っても無駄だ」 と語っている。 では、 正しい人は、どのような人として描かれているのだろう。 原文を覗いてみる。 כִּי שֶׁבַע יִפּוֹל צַדִּיק וָקָם וּרְשָׁעִים יִכָּשְׁלוּ בְרָעָה (キー シェヴァ イッポール ツァディーク ヴァーカーム ウレシャーイーム イッカーシェルー ベラーアー) ※ヘブル
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7月3日読了時間: 2分


あなたの心(箴言23章)
箴言のブログを書き進めるうちに、 ヘブル語原文と出会うと、つい掘り下げたくなる性分が顔を出してきた。 でも、このブログは、 みことばという森の入口。 だから、 blogは、珈琲を片手に森の風景を楽しむカフェ 書籍は、原文を掘り下げて味わう、お取り寄せ。 サイトのメインは、 毎朝8時から始まるライブ「いのちの朝ごはん」 としておこう。 さて、23章は、長い章だけど、 本文全体から主題を考えてみる。 ・王の食卓(1-3節) ・富を追い求めること(4-5節) ・貪欲な人との食事(6-8節) ・「耳」と「心」の向きを語る小さなまとまり(9-12節) 12節「あなたの訓戒に心を用い、 知識のことばに耳を傾けよ。」 ・子どもの訓戒(13-14節) ・心を正しい道へ向けること(15-19節) ・大酒飲み・大食いへの警告(20-21節) ・親への警告(22-25節) ・「わが子よ、あなたの心をわたしに与えよ」(26節) ・遊女への警告(27節以降) ・酒に溺れる人の姿(29-35節) どの場面にも共通しているのは、 「何に心を向
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6月30日読了時間: 2分


名声の前にくるもの(箴言22章)
「名声は多くの富より望ましく、 愛顧を受けることは銀や金にまさる。」(箴言22:1) 「お金を得るよりも、人格によって築かれた良い評判の方が価値がある。」 と受け取られることの多い箇所。 だから、 富を追い求めるより人格を大切にしよう。 信用は一生の財産である。 クリスチャンとして良い証しを立てよう。 と適用されやすい。 原文はどうなっているのか覗いてみる。 נִבְחָר שֵׁם מֵעֹשֶׁר רָב (ニヴハール シェーム メーオーシェル ラーヴ) מִכֶּסֶף וּמִזָּהָב חֵן טוֹב (ミッケセフ ウミッザーハーヴ ヘーン トーヴ) ※ヘブル語は右から読みます。 前半4文字、後半4文字 原文は 驚くほど短い。 だからこそ、一文字、一文字が侮れない。 先ず、 前半を虫眼鏡🔍 נִבְחָר שֵׁם מֵעֹשֶׁר רָב (ニヴハール シェーム メーオーシェル ラーヴ) 先頭のヘブル語は、 נִבְחָר (ニヴハール)選ばれるべきもの 語根:בחר(バーハル)選ぶ 選び取る 選ばれる
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6月29日読了時間: 3分


水の流れのよう(箴言21章)
「王の心は、主の手の中にあって 水の流れのよう。 主はみこころのままに、 その向きを変えられる。」(箴言21:1) 王が登場する。 世界を動かす王。 しかし、本文は、 王の力ではなく、 王の心に目を向ける。 原文を覗いてみる。 前半を虫眼鏡🔍 פַּלְגֵי־מַיִם לֶב־מֶלֶךְ בְּיַד־יְהוָה (パルゲー・マイム レヴ・メレフ ベヤド・アドナイ) 水路のように、王の心は、主の手の中にある。 פַּלְגֵי־מַיִם (パルゲー・マイム) あれ?詩篇1:3の「水路」と同じ。 「水路פַּלְגֵי־מַיִםのほとりに植えられた木。」(詩篇1:3) いのちの流れを象徴する水路。 同じ水路が、 今度は王の心を表現するために使われる。 なぜ、王の心は「水路」なのだろう。 後半を覗いてみよう。 後半に虫眼鏡🔍 בְּיַד־יְהוָה (ベヤド・アドナイ) 主の手の中にある עַל־כָּל־אֲשֶׁר יַחְפֹּץ יַטֶּנּוּ (アル・コル・アシェル ヤフ
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6月28日読了時間: 2分


ぶどう酒は嘲る者?(箴言20章)
「ぶどう酒は、嘲る者。強い酒は騒ぎ立てる者。 これにおぼれる者はみな、知恵がない。」 (箴言20:1) ぶどう酒が擬人化されて登場する。 8章では知恵が擬人化されるが、 ここではぶどう酒。 箴言らしい立ち上がり。 これは、 お酒が悪いという話なのか? 「禁酒の勧め」なのか? なぜお酒が擬人化されているのか? 原文を覗いてみる。 יַיִן לֵץ שֵׁכָר הֹמֶה (ヤイン・レーツ シェーハール・ホーメ) וְכָל־שֹׁגֶה בּוֹ לֹא יֶחְכָּם (ヴェホル・ショーゲ・ボー ロー・イェフカーム) ※ヘブル語は右から読みます。 前半に虫眼鏡🔍 יַיִן (ヤイン)ぶどう酒 לֵץ (レーツ)嘲る者 שֵׁכָר (シェーハール)強い酒、酔わせる飲み物 הֹמֶה (ホーメ)騒ぎ立てる者、どよめく者、騒々しい者 「ぶどう酒は、人を嘲る者にする。 強い酒は、人を騒ぎ立てる者にする。」 とは書かれていない。 「ぶどう酒は、嘲る者。」で 「強い酒は、騒ぎ立てる者。」 と置かれている。 どうやら、 「お酒を飲
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6月26日読了時間: 2分


偶然かもしれないけど (箴言19章)
「貧しくても、誠実に歩む者は、 טוֹב־רָשׁ הוֹלֵךְ בְּתֻמּוֹ (トーヴ・ラーシュ ホーレーフ ベトゥンモー) 曲がったことを語る愚かな者にまさる。」(箴言19:1) מֵעִקֵּשׁ שְׂפָתָיו וְהוּא כְסִיל (メーイッケーシュ セファーターヴ ヴェフー・ケスィール) ※ヘブル語は右から読みます。 前半に虫眼鏡 טוֹב (トーヴ)良い、まさる、望ましい רָשׁ (ラーシュ)貧しい者、乏しい者 הוֹלֵךְ (ホーレーフ)歩く者、歩み続ける者(語根:הלך「歩く」Qal分詞) בְּתֻמּוֹ (ベトゥンモー)彼の誠実さの中で 彼の全きことの中で 語根:תם 全き 誠実 一貫してる 分割していない 混じりけがない 前半、逐語的には、 「良いのは、 その誠実さの中を歩む貧しい者。」 18章は、自らを閉ざす者 で始まった。 19章は、歩む者で始まる。 閉じる人ではなく、歩く人。 しかも、豊かな人でない。 成功した人でもない。 貧しい人(רָשׁ)
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6月25日読了時間: 2分


自らを閉ざす者(箴言18章)
箴言18章1節のヘブル語を原文から丁寧に読み解く。「離れている者(נִפְרָד)」「求める(יְבַקֵּשׁ)」「願望へ(לְתַאֲוָה)」という三つの語から、何かから離れ、自らの願望を追い求める人物像が静かに浮かび上がってくる。
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6月24日読了時間: 3分


家に何が満ちているか(箴言17章)
17章は一つのテーマだけでなく、 人と人との関わり にかなり焦点が当たっているよう。 「一切れの乾いたパンがあって、 平和であるのは、 ごちそうと争いに満ちた家にまさる。」(箴言17:1) 冒頭から、 「豊かさ」よりも「平和」が語られる。 「友はどんなときも愛する。 兄弟は苦難の時のために生まれる。」(箴言17:17) 人との関わりは、 順調な時ではなく、 苦難の時に、その姿を現わす。 「心に喜びのある人は顔色もよい。」(箴言17:22) 15章に続いて、「心」が出て来る。 「知識のある者はことばを控え、 英知のある者は冷静である。」(箴言17:27) 15章が「ことばの章」なら、 17章は、 ことばの使い方が人間関係の中に置かれている。 という感じ。 面白いのは、 一切れの乾いたパン・・・平和な家 ごちそう・・・争いに満ちた家 という、 二つの家が並べられているところ。 14章で、 「家を建てる女」 17章でも、 再び「家」が出て来るけれど、 今度は、 建てるか、壊すのではなく、 家に何が満ちているのか。 が問われている。 箴言17章を歩い
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6月21日読了時間: 1分


人の計画と主の導き(箴言16章)
「人は心に計画を持つ。 しかし、舌への答えは主から来る。」 (箴言16:1) 15章の「ことばの章」から少し、景色が変わる。 16章では、 人が自分の道を考える姿が、 何度も現れる。 人は心に計画がある。(箴言16:1) 人は心に自分の道を思い巡らす。(箴言16:9) ひとのすべての道は自分の目には純粋に見える。(箴言16:2) しかし、定めるのは主だと記される。 「舌への答えは主から来る。」(箴言16:1) 「主は人の霊の値打ちを量られる。」(箴言16:2) 「すべてのものを、主はご自分の目的のために造り、 悪しき者さえ、わざわいの日のために造られた。」(箴言16:4) 人が考え、 主が量り、 主が定め、 主が導かれる。 面白いのは、 「計画してはいけない」といっているのではなく、 人が考えること自体を認めている。 「心には人の計画がある。」(箴言16:1) しかし同時に、 「舌への答えは主から来る。」(箴言16:1) 「主が人の歩みを確かにされる。」(箴言16:9) と、 人の計画の外側に、 なお主がおられることを語っている。 箴言
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6月20日読了時間: 1分


ことばと心(箴言15章)
「穏やかな舌はいのちの木。 舌のねじれは霊の破れ」 (箴言15:4) 15章は、 ことばの章。 冒頭から 「柔らかな答えは憤りを静め、 激しいことばは怒りを引き起こす。」 (箴言15:1) 「舌」「口」「くちびる」「答え」「語る」 が何度も出て来る。 ことばだけでなく、 その背後にある「心」が見えて来る。 「正しい者の心は答えることを考える。」(箴言15:28) 「心が楽しいと顔色も晴れる。」(箴言15:13) 人のことばや心だけでなく、 それを見ておられる主の視点も繰り返す。 「よみと滅びの淵も主の前にある。 人の子らの心はなおさらである。」(箴言15:11) そしてまた現れる いのちの木 עֵץ חַיִּים (エーツ ハッイーム) ”穏やかな舌はいのちの木” 箴言に現れる四つ目の「いのちの木」 知恵(箴言3:18) 正しい人の実(箴言11:30) 望みがかなうこと(箴言13:12) 穏やかな舌(15:4) 面白いことに、 13章では、「いのちの木」は望みと結びつき、 15章では、
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6月19日読了時間: 1分
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