生きていることを否定したくなるとき、あなたはどこにいるのか
- より子 逆瀬川
- 4月15日
- 読了時間: 1分
ヨブ記3章
ヨブは口を開き、自分の生まれた日をのろう。
「私の生まれた日は滅びうせよ」
生まれなければよかった。
存在しなければよかった。
これまで保たれていた言葉が崩れる
ここで初めて、ヨブの内側が露わになる。
1章・2章では外側が崩れても、言葉は保たれていた。
3章では内側が崩れる。
神への言葉ではなく、存在そのものへの否定。
それでも一つの事実が残る。ヨブは沈黙していない。
神に向かってではなくとも、語り続けている。
完全に離れてはいない。境界線の上に立っている。
人は限界に達すると、こう言いたくなる。
なぜ生きているのか。いなければよかった。
ここで起きているのは、
信仰の崩壊ではない。位置の揺れである。
神を否定する前に、自分の存在を否定し始める。
それでも語りは止まらない。
生きていることを否定したくなるとき、あなたはどこにいるのか。
沈黙の中か。

それとも、崩れながらも語りの中にいるのか。



コメント