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生きていることを否定したくなるとき、あなたはどこにいるのか

ヨブ記3章


ヨブは口を開き、自分の生まれた日をのろう。


「私の生まれた日は滅びうせよ」


生まれなければよかった。

存在しなければよかった。


これまで保たれていた言葉が崩れる


ここで初めて、ヨブの内側が露わになる。

1章・2章では外側が崩れても、言葉は保たれていた。

3章では内側が崩れる。

神への言葉ではなく、存在そのものへの否定。

それでも一つの事実が残る。ヨブは沈黙していない。

神に向かってではなくとも、語り続けている。

完全に離れてはいない。境界線の上に立っている。


人は限界に達すると、こう言いたくなる。

なぜ生きているのか。いなければよかった。

ここで起きているのは、

信仰の崩壊ではない。位置の揺れである。

神を否定する前に、自分の存在を否定し始める。

それでも語りは止まらない。


生きていることを否定したくなるとき、あなたはどこにいるのか。

沈黙の中か。

人の限界に達するとき、 あなたはどこにいるのか
雨の中で 自分の存在と出会う

それとも、崩れながらも語りの中にいるのか。

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