モーパッサン『首飾り』が映す影
- Yoriko Sakasegawa
- 3月1日
- 読了時間: 2分

このサイトは、再臨を待ち望みながら、
キリストの霊がみことばを静かに解き明かす泉です。
ブログは、羊が自由に訪れ、
心の渇きをそっと潤すための場所。
そして、光の前に立つとき、
私たちの内側に潜んでいた影が静かに姿を現します。
今日取り上げるのは、モーパッサンの『首飾り』。
見栄と虚栄という、人間の影を象徴する物語です。
けれど、ここで大切なのは、
闇を分析することではありません。
闇を闇として知るのは、
すでに光の中に移された者だけだからです。
主人公マチルドは、借り物の首飾りをまとい、
一夜の輝きを手に入れたつもりでいました。
しかし、その光は彼女を照らすどころか、
長い闇へと引きずり込みました。
けれど、私たちは彼女を笑えません。
見栄も虚栄も、弱さを隠すために身につけた薄い鎧だからです。
しかし、聖書は静かに告げます。
「闇は光に勝てなかった」 と。
これは、人間の努力の話ではなく、
光そのものの宣言です。
光が“いのち”だから、闇は本質的に勝てない。
光とは、概念ではなく、
いのちなるキリスト。
その光に取り込まれた者だけが、
自分の闇を闇として知り、
心の貧しさを悟ります。
だからイエスは言われました。
「心の貧しい人は幸いです。その人は神の国を見るからです。」
神の国を見るとは、
霊が回復し、光の世界に置かれたということ。
光の中にいるからこそ、
自分がどれほど闇に覆われていたかが分かる。
それは責めではなく、
光が届いたしるしです。
真理とは、
闇を否定することではなく、
闇のただ中に来てくださった光を知ること。
その光こそ、キリストです。


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