キリストを探せ
- Yoriko Sakasegawa
- 3月4日
- 読了時間: 1分
聖書は、倫理や道徳の教科書ではなく、人生の取扱説明書でもない。
そこに隠されているのは、ただ一つ——御子の姿。
旧約のページのあちこちに、御子はそっと身を潜めている。
まるで「ウォーリーを探せ」のように、しかしもっと深く、もっと静かに、もっと美しく。
創世記の光、荒野のマナ、岩から流れる水、詩篇の御子、イザヤのしもべ。
どれも、御子が「ここだよ」と小さく手を振っている影。
聖書とは、御子がかくれんぼしている書物なのだ。
そして、70人訳は、その影がいちばん鮮明に浮かび上がる“宝の地図”。
新約の著者たちが使った旧約。
パウロが奥義を見た旧約。
ヨハネが光を見た旧約。
だから、70人訳を通すと、御子の姿が自然に輪郭を帯びてくる。
聖書を読むとは、宝探しの旅に出ること。
読む人は、トレジャーハンター。
今日はどこに御子が隠れているのだろう。
どんな影として現れるのだろう。
その期待と遊び心こそ、聖書を読む者の特権。
聖書は、いのちというかけがえのない光と出会う宴会場。

御子を見つけるたびに、心が躍り、胸が熱くなり、静かな喜びが満ちてくる。
今日もまた、御子を探す旅へ。
光は、いつもこちらを招いている。


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