正しいことを言われたとき、あなたはどこにいるのか
- より子 逆瀬川
- 4月16日
- 読了時間: 1分
ヨブ記4章
友人エリファズが語り始める。
「あなたは多くの人を励ましてきた。」
「しかし今、それが自分に起こると耐えられないのか。」
さらに言う。
「罪のない者が滅びるだろうか。」
苦しみには原因がある。
それは人の側にある。
正しさが語られる。
ここで現れるのは「人の正しさ」である。
苦しみには理由がある。
原因がある。
だから説明できる。
この構造は一見正しい。
しかし、ヨブに起きている出来事は、
この枠に収まらない。
正しさが語られるほど、
ヨブの現実とずれていく。
ここで問われているのは、正しいかどうかではない。
どこに立つかである。
人は苦しみを見ると、説明したくなる。
なぜ起きたのか。
何が間違っていたのか。
それが分かれば安心できる。
しかし、その言葉が人を支えるとは限らない。
正しい言葉が、相手を孤独にすることがある。

正しいことを言われたとき、あなたはどこにいるのか。
正しさの中か。
それとも、神の前に立ち続けるのか。



コメント