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神の痛みの神学

更新日:3月3日

神学者・北森嘉蔵の『神の痛みの神学』という本がある。

題名のとおり、神が痛むという一点を

静かに、深く見つめた本だ。

北森が語ろうとしたのは、

人間の感情を神に重ねることではない。

いのちを与えた方が、

そのいのちとの断絶を

ご自身の内側で引き受けるという痛み。

悲しみでも、怒りでも、嘆きでもない。

断絶そのものを抱き込む痛み。

人を責めるための痛みではなく、

人を抱き戻すための痛み。

十字架は、

罰の象徴ではなく、

断絶を越えるために

神がご自身の中で選ばれた道。

北森が見ていたのは、

神が痛むということが、

愛の感情ではなく、

いのちの共有そのものの証

だということ。

神は痛みを避ける方ではなく、

痛みを通して

いのちを戻す方。

この視座に触れると、

“神が痛む”という言葉が

静かに深く沈んでいく。

朝の光の中で、マグカップとノートが置かれた静かなテーブル
静かな朝に、心がひらく。


 
 
 

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