神の痛みの神学
- Yoriko Sakasegawa
- 3月2日
- 読了時間: 1分
更新日:3月3日
神学者・北森嘉蔵の『神の痛みの神学』という本がある。
題名のとおり、神が痛むという一点を
静かに、深く見つめた本だ。
北森が語ろうとしたのは、
人間の感情を神に重ねることではない。
いのちを与えた方が、
そのいのちとの断絶を
ご自身の内側で引き受けるという痛み。
悲しみでも、怒りでも、嘆きでもない。
断絶そのものを抱き込む痛み。
人を責めるための痛みではなく、
人を抱き戻すための痛み。
十字架は、
罰の象徴ではなく、
断絶を越えるために
神がご自身の中で選ばれた道。
北森が見ていたのは、
神が痛むということが、
愛の感情ではなく、
いのちの共有そのものの証
だということ。
神は痛みを避ける方ではなく、
痛みを通して
いのちを戻す方。
この視座に触れると、
“神が痛む”という言葉が
静かに深く沈んでいく。




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