遊びをせんとや生まれけむ
- Yoriko Sakasegawa
- 2月15日
- 読了時間: 1分
更新日:2月26日
「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけむ」
平安の今様に響くこの一節は、可憐でありながら、どこか深い問いを含んでいる。
人は遊ぶために生まれたのだろうか、と。
聖書は語る。
神は創造を「良し」とされた、と。
世界は義務から始まったのではない。
喜びから始まった。
今日、黒豆を蒸しながら、立ちのぼる湯気を見つめた。
紫かぶを甘酢にくぐらせると、色がすっと冴える。
豚汁に落とした葉が、やわらかく揺れる。
誰に見せるでもない、ただの家の食卓。
それでも、胸がふっとほころぶ瞬間がある。
もし人が、ただ労するためだけに造られたのなら、
神はこんな彩りや香りを与えられただろうか。
戯れとは、神を忘れることではない。
むしろ、御前で安心して微笑むこと。
やがて主は来られる。
御国は完成する。
その約束を抱きながら、
今日という一日もまた、永遠へとつながっている。
人は遊ぶために生まれたのか。
いいえ、神の喜びに参与するために。
戯れは、御国のひそやかな影である。




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