top of page

BLOG


仕切り直しの雅歌
雅歌が、ずっとつかめなかった。 原文を調べ、人称を追いかけ、主語を追いかけてきた。 誰が誰に語っているのか。 どこで声が入れ替わるのか。 手は動かしていた。それでも、何が書かれているのかがわからなかった。 読んでくださる方からも、わからない、という声が届いていた。 でも、正直に言えば、いちばんわからなかったのは私自身。 このまま、悩ましい書として終わるのだろうか。 そう思っていた。 仮庵の祭りが終わり、朝のライブが日常に戻った。 創世記3章、木曜日はレビ記、金曜日はダニエル書。 そして、ライブのあとの輪読では、いま、マタイの福音書を読んでいる。 その22章に来たとき、ふと思った。 「あなたは心を尽くし、いのちを尽くし、知性を尽くして、 あなたの神、主を愛しなさい。」 マタイの福音書22章37節(新改訳2017) マタイの福音書は、王なるキリストを語る書でありながら、 読む者の心が、どこを見ているのかを問うてくる。 何を頼りにしているのか。 お金なのか。 社会的地位なのか。 あなたを支えているもの、 あなたの心を支えているものは、
-
7 日前読了時間: 2分


私たちはつくろう(雅歌1:11)
前回のアイドルタイムで、 「主語の動きを追いかけてみる」 という視座を一つ持って、雅歌を歩いてみることにした。 誰が語っているのか。 誰に語っているのか。 単数なのか、複数なのか。 そして、どこで主語が切り替わるのか。 では、11節。 銀をちりばめた金の飾り輪を私たちはあなたのために作ろう。 ヘブル語を見てみる。 תּוֹרֵי זָהָב נַעֲשֶׂה־לָּךְעִם נְקֻדּוֹת הַכָּסֶף (トーレー・ザーハーヴ ナアセ・ラーフイム・ネクッドート・ハッカーセフ) ※ヘブル語は右から読みます。 まず、目が止まったのは、 נַעֲשֶׂה ナアセ 語根は、עשה アーサー「する・作る」Qal未完了、1人称複数。 「私たちは作ろう」 あっ。 私たち。 主語が複数になった。 9節では、דִּמִּיתִיךְ ディンミーティーフ 「私はあなたを……になぞらえた。」1人称単数だった。 10節では、その「あなた」の、頬から首へと視線が近づいていった。 そして11節。 נַעֲשֶׂה־לָ
-
10月7日読了時間: 3分


雅歌・・主語を追いかける
雅歌11節へ行く前に、ちょっとアイドルタイム。 雅歌を歩き始めたとき、まず、 「人称を追いかけてみよう」 と方向を決めた。 誰が語っているのか。誰に語っているのか。 「私」なのか。「あなた」なのか。「私たち」なのか。 公約通り、人称を追いかけながらここまで歩いてきた。 毎朝のライブで、創世記3章の観察をお分かちしながら、 主語の動きを見せつけられている。 誰が語るのか。誰が行うのか。誰に向かって語るのか。 どこで主語が切り替わるのか。 主語が動くと、本文の景色も動いていく・・。 だったら雅歌でも、人称だけではなく、 「主語の動きを追いかけてみる」 という視座で歩いてみようか・・。 誰が語っているのか。誰に語っているのか。単数なのか、複数なのか。 どこで主語が切り替わったのか。 雅歌8章まで・・、 主語の動きを追いかけてみよう。 答えの保証のない散歩道・・。 読んでも、読んでも、 なかなか答えにたどり着かない。 不思議な巻物・・。 学者さんたちが難しいというはずだね。 だから、 とりあえず、答えが見えてこない雅歌の世界を 主語の動きに焦点をあてて歩
-
8月30日読了時間: 2分


飾られている彼女(雅歌1:10)
「飾り輪のあるあなたの頬は美しい。 宝石の首飾りがかけられたあなたの首も。」 (新改訳2017) נָאוּ לְחָיַיִךְ בַּתֹּרִים (ナーウー・レハヤーイフ・バットーリーム) צַוָּארֵךְ בַּחֲרוּזִים (ツァッヴァーレーフ・バハルーズィーム) ここはゆっくり観察すると面白い。 נָאוּ (ナーウー) 「美しい/麗しい」 לְחָיַיִךְ (レハヤーイフ) 「あなたの頬」 בַּתֹּרִים (バットーリーム) 「飾り輪で/飾りの列で」 そして、 צַוָּארֵךְ (ツァッヴァーレーフ) 「あなたの首」 בַּחֲרוּזִים (バハルーズィーム) 「首飾り(ビーズ・珠の連なり)で」 面白いのは、まず動詞がほとんど動かないこと。 7節では、「教えてください」「どこで羊を飼うの?」 8節では、「出て行きなさい」「足跡を追いなさい」「子やぎを飼いなさい」 かなり動いていた。 9節で突然、「私はあなたを……雌馬になぞらえた」 そして10節。..
-
8月29日読了時間: 3分


わが愛する者よ(雅歌1:9)
「わが愛する者よ。私はあなたを ファラオの戦車の間にいる雌馬になぞらえよう。」 (新改訳2017) לְסֻסָתִי בְּרִכְבֵי פַרְעֹה (レ・スサーティー・ベリフヴェー・ファルオー) 「ファラオの戦車(隊)の中の雌馬に」 דִּמִּיתִיךְ רַעְיָתִי (ディンミーティーフ・ラヤーティー) 「私はあなたをたとえた、わが愛する女よ。」 彼女はずっと彼を呼んでいた。 そして9節。 今度は、彼女を呼ぶ声が聞こえてきた。 ・・・と思った瞬間、 「あなたをファラオの戦車の雌馬になぞらえよう。」 いきなり変!! 雅歌・・やっぱり簡単には歩かせてくれない。(◎_◎;) まず、本文が言っていることだけを置いてみる。 8節では、「女の中で最も美しい人よ。」 9節では、「ファラオの戦車の間にいる雌馬。」 美しい女性を、雌馬にたとえる。 しかも、ただの雌馬ではない。 ファラオの戦車の、間にいる雌馬。 ここまでが、本文が書いていること。 そして、ここで手が止まる。 ・・で、なんでファラオ?? ただの戦車ではなく「
-
8月28日読了時間: 2分


女の中で最も美しい人よ(雅歌1:8)
「女の中で最も美しい人よ。 あなたが知らないのなら、 羊の群れの足跡を追って出て行き、 羊飼いたちの住まいの傍らで、 あなたの子やぎを飼いなさい。」(新改訳2017) 7節では彼女が、 「私に教えてください。」 「どこで羊を飼っているの?」 と尋ねる。 8節。今度は返事が返ってくる。 ヘブル語本文 אִם־לֹא תֵדְעִי לָךְ (イム・ロー・テーディー・ラーフ) 「もしあなたが知らないのなら、」 הַיָּפָה בַּנָּשִׁים (ハッヤーファー・バンナーシーム) 「女の中で最も美しい人よ。」 צְאִי־לָךְ בְּעִקְבֵי הַצֹּאן (ツェイー・ラーフ・ベイクヴェー・ハッツォーン) 「群れの足跡について出て行きなさい。」 וּרְעִי אֶת־גְּדִיֹּתַיִךְ (ウルイー・エト・ゲディヨータイフ) 「あなたの子やぎたちを飼いなさい。」 עַל מִשְׁכְּנוֹת הָרֹעִים (アル・ミシュケノート・ハーロイーム) 「羊飼いたちの住まいのそばで。」 声が変わった。
-
8月27日読了時間: 4分


私に教えてください(雅歌1:7)
「 私のたましいの恋い慕う方。 どうか私に教えてください。 どこで羊を飼っておられるのですか。 昼の間は、どこでそれを休ませるのですか。 なぜ、私はあなたの仲間の羊の群れの傍らで、 顔覆いをつけた女のようにしていなければ ならないのでしょう。 」(新改訳2017) (雅歌の散歩はとりとめもなく、つかみどころがない。 人称を「捕まえた!」と思って近づくとするりとすり抜けてしまう。 雅歌の難しさはここなんだなぁと思わされながら・・。 気を取り直して、また、声の方向に向かってみる。) 7節の冒頭、 הַגִּידָה לִּי (ハッギーダー・リー)「私に教えてください」 そして、相手をこう呼ぶ。 שֶׁאָהֲבָה נַפְשִׁי (シェアーハヴァー・ナフシー)「私のたましいが恋慕う方」 👉ここでもまだ名前を呼ばない。 そして二度の「אֵיכָהどこ?」 (エーハー) אֵיכָה תִרְעֶה (エーハー・ティルエ)「どこであなたは群れを飼うの?」 אֵיכָה תַּרְבִּיץ בַּצָּה
-
8月26日読了時間: 3分


私を見ないで(雅歌1:6)
(新改訳2017を横に置きながら、) 5節で 「私は黒いけれども美しい」 と語った女性。 ところが6節を開くと、 אַל־תִּרְאוּנִי (アル・ティルウーニー) 「私を見ないで」 え? 美しいと言ったのに、見ないで? 原文を見てみる。 אַל־תִּרְאוּנִי שֶׁאֲנִי שְׁחַרְחֹרֶת (アル・ティルウーニー・シェアニー・シェハルホーレト) 「私が黒いからといって、私を見ないで。」 אַל 「~するな」 תִּרְאוּ 「あなたがたは見る」 ־נִי 「私を」 ここでも「あなたがた」がいる。 5節で呼びかけられた、 בְּנוֹת יְרוּשָׁלַ͏ִם (ベノート・イェルーシャーライム) 「エルサレムの娘たち」 への語りが続いているように読める。 そして彼女は、自分について一気に語り始める。 שֶׁאֲנִי 「私が」 שֶׁשֱּׁזָפַתְנִי 「太陽が私を……」 אִמִּי 「私の母」 בִי 「私に」 שָׂמֻנִי
-
8月22日読了時間: 2分


ソロモンの幕(雅歌1:5)
「エルサレムの娘たち。 ケダルの天幕のように、 ソロモンの幕のように、 私は黒いけれども美しい。」(新改訳2017) 4節で初めて הַמֶּלֶךְ (ハンメレフ) 「その王」 が現れた。 5節を開くと、 כִּירִיעוֹת שְׁלֹמֹה (キリオート・シェローモー) 「ソロモンの幕のように」 ここでשְׁלֹמֹה「シェローモー:ソロモン」 という固有名前。 そうかぁ、やっぱり王はソロモン!! ところが近づいてみると、 書いてあるのは、 ソロモン本人ではなく、「ソロモンの幕」 また立ち止まる。 気を取り直して、 これまで追いかけている人称に目を向ける。 2節からずっと、 彼👉彼の口👉あなた👉あなたの愛 3節 あなたの香油👉あなたの名👉乙女たち 4節 私👉私たち👉私👉私たち そして「その王」 5節に来ると אֲנִי アニー「私」 が明示され、 さらに、 בְּנוֹת יְרוּשָׁלַ͏ִם ベノート・イェルーシャーライム「エルサレムの娘たち」 エルサレムの娘たち って誰? 3節の乙女たち。 4節の私たち。 5節の
-
8月21日読了時間: 1分


あなたの後から(雅歌1:4)
「私を引き寄せてください。 私たちはあなたの後から急いで参ります。 王は私を奥の間に伴われました。 私たちはあなたにあって楽しみ喜び、 あなたの愛をぶどう酒にまさってほめたたえます。 あなたは心から愛されています。」(新改訳2017) 4節冒頭の原文 מָשְׁכֵנִי אַחֲרֶיךָ נָּרוּצָה (モシュヘーニー・アハレーハー・ナールーツァー) ※ヘブル語は右から読みます。 「私を引き寄せてください。 あなたの後を私たちは走ろう。」(直訳) מָשְׁכֵנִי (モシュヘーニー)「私を引いてください/私を引き寄せてください」 משׁך — 引く、引き寄せる ־נִי — 私を אַחֲרֶיךָ (アハレーハー)「あなたの後を/あなたについて」 נָּרוּצָה (ナールーツァー)「私たちは走ろう」 3節では、 乙女たちはあなたを愛する。 と
-
8月20日読了時間: 3分
bottom of page