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口づけから、香りへ(雅歌1:3)
「あなた香油は香り芳しく、 あなたの名は、注がれた香油のよう。 そのため、おとめたちはあなたを愛しています。」(新改訳2017) 最初は、 יִשָּׁקֵנִי 「彼が私に口づけしてくれますように」 その直後に מִנְּשִׁיקוֹת פִּיהוּ 「彼の口づけをもって」 ここで身体が出て来る。 彼👉彼の口 そして、 כִּי־טוֹבִים דֹּדֶיךָ 「なぜなら、あなたの愛は・・」 三人称だった「彼」が突然、二人称になる。 「彼」👉「彼の口」👉「あなた」 そして、3節。今度は、 לְרֵיחַ שְׁמָנֶיךָ 「あなたの香油の香り」 口づけから香りへ。 身体感覚で見ると、 2節・・口。口づけ。味わうぶどう酒。 3節・・香り。香油。 口づけから香りへ。 感覚の景色まで変わっていく。 しかも3節最後には、 עֲלָמוֹת אֲהֵבוּךָ 「乙女たちはあなたを愛する」 と、乙女たちが現れる。 口づけられる「私」だけの近さから、 「あなたを愛する乙女たち」まで現れる。 景色が広がり始めている。 彼👉彼の口👉あな
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8月19日読了時間: 2分


遠い「彼」が、近い「あなた」に 変わるとき (雅歌1:2)
2節の冒頭。 「あの方が私に口づけしてくれたらよいのに。」(新改訳2017) 何て、情熱的。そして官能的。 果たして原文はいかに。 יִשָּׁקֵנִי מִנְּשִׁיקוֹת פִּיהוּ (イッシャーケーニー ミンネシーコート ピーフー) 「彼が私に口づけしますように、彼の口の口づけをもって」(直訳) 逐語訳:יִשָּׁקֵנִי (イッシャーケーニー) 「彼が 口づけする 私に」 יִ (語頭:未完了で頭に付く形)彼が נ־שׁ־ק (動詞:未完了形 3人称男性単数)口づけする ־נִי (接尾辞)私を/私に 逐語訳:מִנְּשִׁיקוֹת (ミンネシーコート) 「口づけ(複数) 〜から/〜をもって」 מִ (前に付く前置詞 מִן
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8月16日読了時間: 3分


「歌の中の歌」(雅歌1:1)
今日から雅歌の森を散策する。 שִׁיר הַשִּׁירִים (シール・ハッシーリーム) 「歌の歌」 が、ヘブル語聖書での雅歌の書名。 意味は「歌の中の歌」「最高の歌」。 続いて אֲשֶׁר לִשְׁלֹמֹה (アシェル・リシュローモー) 「ソロモンのもの/ソロモンに属するもの」 と置かれる。 一般的な読み方として、 ・男女の愛・結婚の歌として読む。 ・神とイスラエルの関係として読む。 ・キリストと教会の関係として読む。 ・キリストと信者個人の愛の関係として読む。 と、聞いているし、 特に 花婿=キリスト、花嫁=教会 という寓意的・霊的な読み方を学んできた。 今一度、 雅歌という森に入る前に、 一旦、荷物を置いて、 雅歌が語る森の空気を味わおうと思う。 さぁて、どんないのちと出会うかなぁ。 霧の向こうへ。今日から雅歌の森を歩く。
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8月15日読了時間: 1分


箴言の最後に立っていた人(箴言31章)
箴言は、 「主を恐れること」から始まった。 「 主を恐れることは知恵のはじめ。」 (箴言1:7) 知恵とは何なのか。 愚かさとは何なのか。 父のことばを聞くこと。 戒めを受けること。 口から出ることば。 手の働き。 隣人との関係。 富。 貧しさ。 正義。 日常の小さな選択。 31章をかけて、箴言は人の日常に光をあてる。 そして、最後、 箴言は「知恵とは、このようなもの」と説明して終わらない。 ひとりの人を、読者の前に立たせる。 אִשָּׁה יִרְאַת־יְהוָה (イッシャー イルアト-アドナイ)「主を恐れる女」 ※ヘブル語は右から読みます。 אִשָּׁה (イッシャー)妻・女 יִרְאַת (イルアト)恐れ (יִרְאָה の連語形) יְהוָה (朗読では アドナイ)主 直訳すると「主を恐れる女」 彼女は働く。 食べ物を備える。 畑を買う。 手を働かせる。 貧しい者に手を開く。 知恵をもって口を開く。 それが特別な日の姿ではなく、 彼女の日常。 箴言の初めにあった 「主を恐れる」 そ
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8月14日読了時間: 2分


私は知らない。(箴言30章)
いよいよ30章。 29章までと、声が変わる。 דִּבְרֵי אָגוּר בִּן־יָקֶה הַמַּשָּׂא (ディブレー・アーグール・ビン・ヤーケ・ハンマッサー) ※ヘブル語は右から読みます。 「マサの人ヤケの子アグルのことば」(箴言30:1) 名を持つ人物が、 ソロモン以外に、初めて現れる。 冒頭、דִּבְרֵי (ディブレー)ことば。 語根は、דָּבָר (ダーヴァール) 25章で観察した 神が隠すדָּבָר 30章では、アグルのדָּבָר けれど、 数行あとに、こう置かれる。 「神のことばאִמְרַת אֱלוֹהַּは、すべて精錬されている。」(5節) (イムラト・エロハ) 語根は、אָמַר(アーマル)。 דבר ではない。 「神のことばדְּבָרָיוに付け足しをしてはならない。」(6節) (デヴァーラーヴ) ここで、דבר に戻る。 5節は単数。ひとつひとつの、ことば。 6節は複数。まとまりとしての、そのことば。 そして、章の初めは ד
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7月24日読了時間: 2分


うなじを堅くする者(箴言29章)
29章は物騒な始まり。 「叱責されても、なお、うなじを堅くする者は、 突然打ち砕かれて、癒されることがない。」(1節) אִישׁ תּוֹכָחוֹת מַקְשֶׁה־עֹרֶף (イーシュ トーハーホート マクシェー・オーレフ) פֶּתַע יִשָּׁבֵר וְאֵין מַרְפֵּא (ペタ イッシャーヴェール ヴェエーン マルペー) ※ヘブル語は右から読みます。 אִישׁ (イーシュ) 人 תּוֹכָחוֹת (トーハーホート)叱責 戒め 諭し(複数形) 語根:יכח(ヤーカハ)「戒める・正す・論じる」 מַקְשֶׁה (マクシェー)堅くする者 頑なにする者 語根:קשה(カーシャー)「堅くする・頑なにする」 分詞男性単数ヒフィル態(使役) 「堅くしている者」 うなじが硬直したのではない。 その人が、堅くしている。 עֹרֶף (オーレフ)うなじ 首の後ろ 旧約では、「うなじのこわい民」という表現でもよく用いられる語。 פֶּתַע (ペタ)突然 不意に יִשָּׁבֵ
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7月23日読了時間: 2分


何を聞く?(箴言28章)
28章には、 תּוֹרָה (トーラー:おしえ・律法) が何度も出てくる。 最初に立ち止まるのが4節。 「おしえ(תּוֹרָה律法)を捨てる者は悪しき者をほめる。 おしえ(תּוֹרָה律法)を守る者は彼らに敵対する。」 ここで初めてתּוֹרָה(トーラー)が現れる。 正しい人/悪しき者 という対比が、 תּוֹרָה (トーラー)への態度で分かれている。 4節 律法(תּוֹרָה)を捨てる者 7節 律法(תּוֹרָה)を守る子 9節 律法(תּוֹרָה)を聞かない者 תּוֹרָה を中心に人が描かれている。 特に9節。 「耳を背けておしえを聞かない者は、 その祈りさえ忌み嫌われる。(9節)」 מֵסִיר אָזְנוֹ מִשְּׁמֹעַ תּוֹרָה (メースィール オズノー ミシュモーア トーラー) ※ヘブル語は右から読みます。 מֵסִיר メースィール… 背ける、そらす אָזְנוֹ オズノー… 彼の耳 מִשְּׁמֹעַ ミシュモーア… 聞くことから תּוֹרָה トーラー(律法) 直訳す
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7月22日読了時間: 1分


生みだす(箴言27章)
この章には「自分」を扱う節が多い。 例えば、 明日のことを誇るな。 自分で自分を誉めるな。 自分の心。 自分の群れ。 外よりも、 自分自身との向き合い方が続いているように見える。 1節の原文を覗いてみる。 (アル・ティトハレール ベヨーム マーハール) אַל־תִּתְהַלֵּל בְּיוֹם מָחָר 「明日のことで誇るな。」 (キー ロー・テーダ マー・イェーレド ヨーム) כִּי לֹא־תֵדַע מַה־יֵּלֶד יוֹם 「一日が何を生み出すか、あなたは知らないからだ」 ※ヘブル語は右から読みます。 直訳すると 「明日と言う日において誇るな。 なぜなら、一日が何を生み出すか、あなたは知らないからだ。」 この文には『日』が二度出て来る。 「明日という日」 בְּיוֹם מָחָר (ベヨーム・マーハール) יוֹם (ヨーム)…日 מָחָר (マーハール)…明日 「一日」 יוֹם (ヨーム) そしてさらに יוֹם (ヨーム)が יֵּלֶד (イェーレド)の主体になっている。 本文は、 人が何を生み出す
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7月21日読了時間: 1分


自分を知恵ある者と思う人(箴言26章)
26章は1節~11節まで愚か者シリーズが続く。 面白いのは4節と5節 「愚か者には、その愚かさに合わせて答えるな。 あなたも同じようにならないためだ。(4節)」 「愚か者には、その愚かさに合わせて答えよ。 そうすれば彼は、 自分を知恵ある者と思わないだろう。(5節)」 「答えるな」と「答えよ」 この矛盾する命令が並べられ、知恵を規則として所有することが最初から不可能にされる。 一瞬、前章(25章)を思い出す。 「事(דָּבָר)を隠すのは神の誉れ。 事(דָּבָר)を探るのは王たちの誉れ。」(箴言25:2) 知恵は外に隠されていて、尋ね求めるもの。 「自分の目の中」で完結した者は、 もはや探ることを止めた人なのかもしれない。 マナを取りに行かない人となる。 さて、26章が、 愚か者の品評会なのかと思いきや 愚か者よりもさらに問題な者が現れる。 「 自分を知恵のある者と思っている人を見たか。 彼よりも、愚かな者のほうが、まだ望みがある。 」 (箴言26:12) 自分を知恵ある者
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7月15日読了時間: 2分


受け継がれるみことば(箴言25章)
一週間ぶりのblog 24章の最後には、 怠け者の畑が描かれていた。 畑は荒れ、 いばらが生え、 石垣は崩れていた。 委ねられた畑は、 手をかけ続けなければ荒れていく。 さて、25章の冒頭 ここから全く違う景色が現れる。 「次もソロモンの箴言であり、 ユダの王ヒゼキアのもとにある人々が書き写したものである。」 (箴言25:1) ヒゼキアは主を信頼し、偶像を取り除き、 神殿を整えた王として知られている。 その時代に、 ソロモンの箴言は、書き写され、 今日も私たちの前に置かれている。 そして、 2節と出会う。 「事を隠すのは神の誉れ。 כְּבֹד אֱלֹהִים הַסְתֵּר דָּבָר (ケヴォード エローヒーム ハステール ダーヴァール) 事を探るのは王たちの誉れ。 וּכְבֹד מְלָכִים חֲקֹר דָּבָר (ウケヴォード メラーキーム ハコール ダーヴァール)」 ※ヘブル語は右から読みます (箴言25:2) דָּבָר (ダーヴァール) 基本的な意味:ことば 語り 事柄 出来事 命令 約束
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7月10日読了時間: 2分
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