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正しさが届かないとき、あなたはどこにいるのか

4月21日
読了時間: 2分

ヨブ記9章。

ヨブが応答する。


木製のテーブルの上に重ねられた本。一冊が開かれ、背景にはぼかされた書棚が広がる。
積まれた本と、その先の棚——言葉は、重なるほどに深くなる。

「確かに、その通りだ。」

「人は神の前でどうして正しくあり得るのか。」


神は大いなる方。

人は、その前に立つことができない。

ヨブは、神の大きさを認める。


神の正しさを、ヨブは否定していない。

しかし、

自分の正しさも、手放していない。

そして、その二つの間には、道がない。

否定でも、反抗でもない。


立ち往生している。


行き詰まっている。


人は、自分の正しさをもって、

神の前に立つことができない。

正しさはあるが、そこに道は見つからない。


人は、正しさで答えを出そうとする。

正しければ、進めると思うから。

残念ながら、神の前では通らない。


ヨブは、なお語っている。

神に向かって語っている。

その語りは、行き場を失い始めている。

語りは消えていない。

なのに、届かない。


同じことが、いま、人の内側で起きている。

人は、正しさを握ろうとする。

正しさがあれば、神に近づけると思うから。

しかし、それでは届かない。


この時、気づきが与えられる。


正しさが届かないとき、

あなたはどこにいるのか。


人の正しさにとどまるのか。

それとも、神に向き直り、

気づきの立ち上がる場所にいるのか。


ヨブは、神の前に立とうとしている、が、

その道が見えてこない。


神は、まだ語られない。


正しさは認められても、それだけでは届かない

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