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雅歌の森を歩く――私のナルドが香りを放つ

6 日前
読了時間: 2分

更新日:3 日前

雅歌1章12節


雅歌が、少しずつ見えてきた。

何が書かれているのか、わかったということではない。

この書に向き合う、自分の姿勢が見えてきた。


愛を知らないわけではない。

けれど、知り尽くしているわけではない。


言葉を調べ、人称を追い、主語を確かめる。

それでも、わからないことがある。

そのわからなさを、説明で埋めようとしていたのかもしれない。


愛を説明しない、というよりも、

愛を、わかったことにしない。


その姿勢で、今日は1章12節を読む。


ビメスィボー

בִּמְסִבּוֹ

その(彼の)席に

シェハメレク

שֶׁהַמֶּלֶךְ

関係代名詞・冠詞・王

アド

עַד־

〜まで

レーホー

רֵיחוֹ׃

その(それの)香り

ナタン

נָתַן

与えた

ニルディー

נִרְדִּי

私のナルド


王がその席にいる間、

私のナルドは、その香りを放った。

〈ヘブル語本文からの試訳〉


「その席」と訳した言葉は、宴席とも、横たわる場所とも理解される。どのような場所なのか、細部はまだ決めずに読む。


ここには、「王」がいる。

1章4節にも、王が登場していた。

あのときは、

「王は私をその部屋に連れて行った」。

ここでは、

「王がその席にいる間」。


そのあとに、「私のナルド」が続く。


ニルディー

נִרְדִּי

私のナルド


語の末尾に、「私の」を表す形がついている。

この「私」は、自分の持つナルドについて語っている。


続く言葉は、


レーホー

רֵיחוֹ

その(それの)香り

ナタン

נָתַן

与えた


その香りを放った。


「放った」と訳した動詞は、基本的には「与える」という意味を持つ。

言葉をそのまま並べるなら、

「私のナルドが、その香りを与えた」。


動詞の主語は、「私のナルド」。

「私が香りを放った」ではない。

私のナルドが、その香りを放った。


ここで、3節の言葉を思い出す。

そこには、

「あなたの香油」

「あなたの名」があった。


12節では、

「私のナルド」。


「あなたの」から、「私の」へ。

香りに関わる言葉が、今度は「私」のものとして現れている。


ただし、それを「相手の愛に応えた」と説明するのは、ここから先の解釈になる。

この節には、ナルドを注いだという動作は記されていない。

王がその香りをどう受け取ったのかも、記されていない。


書かれているのは、

王がその席にいる間、

私のナルドが、その香りを放ったということ。


「王」と「私のナルド」。

この短い一節の中に置かれた二つを、どう受け取ればよいのだろう。


すぐに意味を決めたくなる。

けれど、今日は、決めずに読んでみる。


王がいる。

私のナルドが香りを放つ。


まず、この言葉を読んだところに立ってみる。


愛を、わかったことにせずに。

 
 
 

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