正解を求めて、迷子になった
6 日前
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更新日:5 日前
雅歌の森を歩く
みことばを読むとき、何を求めているのだろう。
教理、神学、説教。
聖書について、すでに多くのことを教えられてきた。
けれど、いざ本文そのものの前に立つと、途方に暮れることがある。
誰が語っているのか。
誰に向かって語っているのか。
何が書かれているのか。
知っているはずなのに、わからない。
雅歌の森で、迷子になっていた。
原文を調べ、人称を追い、主語を確かめてきた。
それでも、わからなかった。
今になって思う。
原文にまで、正解を求めていたのではないか。
正しく理解したい。
間違えずに読みたい。
その思いが強すぎて、語られていることばそのものを聞き損ねていたのかもしれない。
正解だけでは、愛は聞き取れなかった。
ここに来て、ようやく気づいた。
原文を調べることは、これからも変わらない。
けれど、原文に何を求めるのか。
そこが変わってきた。
さて、雅歌1章12節。
今日も、みことばの前に佇んでみる。




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