自分を知恵ある者と思う人(箴言26章)
26章は1節~11節まで愚か者シリーズが続く。
面白いのは4節と5節
「愚か者には、その愚かさに合わせて答えるな。
あなたも同じようにならないためだ。(4節)」
「愚か者には、その愚かさに合わせて答えよ。
そうすれば彼は、
自分を知恵ある者と思わないだろう。(5節)」
「答えるな」と「答えよ」
この矛盾する命令が並べられ、知恵を規則として所有することが最初から不可能にされる。
一瞬、前章(25章)を思い出す。
「事(דָּבָר)を隠すのは神の誉れ。
事(דָּבָר)を探るのは王たちの誉れ。」(箴言25:2)
知恵は外に隠されていて、尋ね求めるもの。
「自分の目の中」で完結した者は、
もはや探ることを止めた人なのかもしれない。
マナを取りに行かない人となる。
さて、26章が、
愚か者の品評会なのかと思いきや
愚か者よりもさらに問題な者が現れる。
「 自分を知恵のある者と思っている人を見たか。
彼よりも、愚かな者のほうが、まだ望みがある。 」
(箴言26:12)
自分を知恵ある者と思っている人???
原文を覗いてみる。
רָאִיתָ אִישׁ חָכָם בְּעֵינָיו
(ラーイーター イーシュ ハーハーム ベエーナーヴ)
רָאִיתָ
(ラーイーター)…あなたは見たか
אִישׁ
(イーシュ)…人
חָכָם
(ハーハーム)…知恵ある者
בְּעֵינָיו
(ベエーナーヴ)…彼自身の目には
תִּקְוָה לִכְסִיל מִמֶּנּוּ
(ティクヴァー リクセィール ミメンヌー)
תִּקְוָה
(ティクヴァー)…望み、希望
לִכְסִיל
(リクセィール)…愚かな者に
מִמֶּנּוּ
(ミメンヌー)…彼よりも
※ヘブル語は右から読みます。
(箴言26:12)
רָאִיתָ
(ラーイーター)
「あなたは見たか」
で始まり、
「自分を知恵ある者と思っている者」の部分が、
בְּעֵינָיו
(ベエーナーヴ)
「知恵ある者」ではなく、
「彼自身の目には知恵ある者」と言う表現になっている。
愚かな者よりも、
「自分は知恵がある」と思っている人が深刻だと描かれている。
愚か者を11節分見せられて、
うなずいていた先に
「あなたは見たか」で
まさかのどんでん返し。
「自分は知恵がある」と思っている人
より、愚か者の方がましとは。
これは痛いことばだなぁ。





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