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箴言の最後に立っていた人(箴言31章)

8月14日
読了時間: 2分

箴言は、


「主を恐れること」から始まった。




「 主を恐れることは知恵のはじめ。」

      (箴言1:7)


知恵とは何なのか。


愚かさとは何なのか。


父のことばを聞くこと。


戒めを受けること。


口から出ることば。


手の働き。


隣人との関係。


富。


貧しさ。


正義。


日常の小さな選択。


31章をかけて、箴言は人の日常に光をあてる。


そして、最後、


箴言は「知恵とは、このようなもの」と説明して終わらない。


ひとりの人を、読者の前に立たせる。



אִשָּׁה יִרְאַת־יְהוָה

(イッシャー イルアト-アドナイ)「主を恐れる女」

  ※ヘブル語は右から読みます。


אִשָּׁה 

 (イッシャー)妻・女


  יִרְאַת 

  (イルアト)恐れ (יִרְאָה の連語形)


  יְהוָה 

 (朗読では アドナイ)主


  直訳すると「主を恐れる女」


彼女は働く。


食べ物を備える。


畑を買う。


手を働かせる。


貧しい者に手を開く。


知恵をもって口を開く。


それが特別な日の姿ではなく、


彼女の日常。


箴言の初めにあった


「主を恐れる」


それは最後に、


「主を恐れる人」


となって、読者の前に現われる。


知恵は知って終わるのではなく、


語られたことばが、


手に現れ、


口に現れ、


働きに現れ、


人との関わりに現れる。


箴言の最後に置かれていたのは、


知恵についての説明ではなく、


主を恐れながら、今日を生きている一人の人の姿との出会いだった。


木の机の上に開かれた聖書と、その背後に並ぶ書物。箴言31章は、主を恐れる人の知恵が日常の手と口と歩みに現れる姿を描く。
知恵は、今日を生きる手と口と歩みに現れる。


 
 
 

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