私に教えてください(雅歌1:7)
「 私のたましいの恋い慕う方。
どうか私に教えてください。
どこで羊を飼っておられるのですか。
昼の間は、どこでそれを休ませるのですか。
なぜ、私はあなたの仲間の羊の群れの傍らで、
顔覆いをつけた女のようにしていなければ
ならないのでしょう。 」(新改訳2017)
(雅歌の散歩はとりとめもなく、つかみどころがない。
人称を「捕まえた!」と思って近づくとするりとすり抜けてしまう。
雅歌の難しさはここなんだなぁと思わされながら・・。
気を取り直して、また、声の方向に向かってみる。)
7節の冒頭、
הַגִּידָה לִּי
(ハッギーダー・リー)「私に教えてください」
そして、相手をこう呼ぶ。
שֶׁאָהֲבָה נַפְשִׁי
(シェアーハヴァー・ナフシー)「私のたましいが恋慕う方」
👉ここでもまだ名前を呼ばない。
そして二度の「אֵיכָהどこ?」
(エーハー)
אֵיכָה תִרְעֶה
(エーハー・ティルエ)「どこであなたは群れを飼うの?」
אֵיכָה תַּרְבִּיץ בַּצָּהֳרָיִם
(エーハー・タルビーツ・バッツォホラーイム)「真昼には、どこで休ませるの?」
ここで、これまで追ってきた男性像に妙なものが加わる。
2節では、「彼」
3節では、「あなた」「あなたの愛」「あなたの香油」「あなたの名」
4節では、「その王」
5節では、「ソロモン」という名前が出たと思ったら「ソロモンの幕」
そして7節。
「あなたはどこで群れを飼うの?」
ここが今日の引っかかり。
王だと思ったら、羊を飼ってる。
えっ?
王だと思っていた人と、
群れを飼っている「あなた」は同じ人?
違う人?
そもそも、この人は誰?
ここまで「彼」が少し見えてきたと思う度、輪郭がまた揺れる。
そして、7節後半、
חֲבֵרֶיךָ
(ハヴェレーハー)「あなたの仲間たち」
また人が増えて笑える。
王なのか羊を飼う人なのか、
「彼」の二重像・・・・・。
1節~7節まで、語っている「私」の立っている位置を確認してみる。
2節~4節。
彼を三人称と二人称で語りながら、「王が私を奥の間に導き入れた」。
ここで私は、彼のいる場所、宮廷の側にいる。
奥の間、油、名、・・室内の宮廷の語彙が並ぶ。
私は彼のところへ引き入れられている。
5節~6節。
場面が変わる。
ケダルの天幕、日に焼けた肌、母の子らに番をさせられたぶどう畑。
私はもう奥の間にはいない。
野に、外にいる。
しかも「私の葡萄畑は守れなかった」と、
番を負わされて自分の畑を守れなかった女として、
野にたっている。
ここでの私の足は、宮廷から野へ移っている。
7節。
その野に立ったまま、私は彼に呼びかける。
どこで群れを飼うの、と。
野にいる私が呼ぶから、呼ばれる彼も野の者・・・羊飼いになる。
4節では奥の間で私を導いた彼が、7節では私の立つ野のほうへ、
羊飼いとして呼び込まれる。
彼の像が王から羊飼いへ揺れたのは、彼が動いたからじゃない。
私の立ち位置が、奥の間から野へ移ったから。
私がどこから彼を呼ぶかで、彼の輪郭が決まってくる。
宮廷から仰げば王、
野から呼べば、羊飼い。
二重像の出所は、彼でなく・・・私・・・なのかもしれない。
ひとまず、
「王だと思ったら、羊を飼っている」
で、一休み。





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