偶然かもしれないけど (箴言19章)
「貧しくても、誠実に歩む者は、
טוֹב־רָשׁ הוֹלֵךְ בְּתֻמּוֹ
(トーヴ・ラーシュ ホーレーフ ベトゥンモー)
曲がったことを語る愚かな者にまさる。」(箴言19:1)
מֵעִקֵּשׁ שְׂפָתָיו וְהוּא כְסִיל
(メーイッケーシュ セファーターヴ ヴェフー・ケスィール)
※ヘブル語は右から読みます。
前半に虫眼鏡
טוֹב
(トーヴ)良い、まさる、望ましい
רָשׁ
(ラーシュ)貧しい者、乏しい者
הוֹלֵךְ
(ホーレーフ)歩く者、歩み続ける者(語根:הלך「歩く」Qal分詞)
בְּתֻמּוֹ
(ベトゥンモー)彼の誠実さの中で 彼の全きことの中で
語根:תם
全き 誠実 一貫してる 分割していない 混じりけがない
前半、逐語的には、
「良いのは、
その誠実さの中を歩む貧しい者。」
18章は、自らを閉ざす者 で始まった。
19章は、歩む者で始まる。
閉じる人ではなく、歩く人。
しかも、豊かな人でない。
成功した人でもない。
貧しい人(רָשׁ)が、誠実さ(תֹּם)の中を歩いている。
「誠実さの中を歩む」とは、どんな歩みなのだろう。
בְּתֻמּוֹ
箴言19:1 תֻמּוֹ(トゥンモー)単数+「彼の」=「彼の誠実さ」
語根תם
ウリムとトンミムאוּרִים וְתֻמִּים(ウリーム・ヴェトゥンミーム)
のトンミムも同じ語根のתם。
תֻמִּים
(トゥンミーム)完全性の複数形
תם
「欠けていない」「分裂していない」「一つである」 という響きがある。
だから,
箴言19:1の「誠実さ」は
「真面目」「嘘をつかない」だけでは
少々
狭苦しいかもしれない。
内と外が分かれていない。
心と言葉が分かれていない。
神の前と人の前で二重になっていない。
そんな「全き」「一貫した」状態の方が近いように思う。
面白いのは、
18章が、自らを閉ざす者(נִפְרָד)「分かれる」「離れる」
から始まったのに対して、
19章は、全きこと 一貫性(תֹּם)「分かれていない」
から始まる。
18章では、
分離・閉鎖(פָּרַד)
自らを閉ざす者が立ち上がって来た。
ところが、19章に入ると、
今度は、
全きこと・一貫性(תם)
という言葉が立ち上がって来る。
閉じている状態から、
誠実さの中を歩き始める景色が見え始める。
分離、閉鎖から、
全きこと、一貫性へ。
閉じていた人が、
誠実さの中を歩き始める。
流されずに、
全きことへ向かって、
自分の歩みを始める。
そんな小道に誘われるようだ。
偶然かもしれないけど。





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