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家を建てる女(箴言14章)
「知恵のある女は家を建てבָּנְתָה(バーンター) 語根:בָּנָה(バーナー) 意味:建てる 築く 立て上げる 家を建てる 家系を築く 愚かな女は自分の手でこれを壊すתֶהֶרְסֶנּוּ(テヘルセンヌー)。」(箴言14:1) 語根:הָרַס(ハーラス) 意味:壊す 打ち壊す 取り壊す 破壊する 崩す 面白いのは、「家事が上手」「家事が下手」の話ではないところ。 「良い奥さんになりましょう」という格言集では収めるには、 少し勿体ない。 聖書は、 建てるבָּנָה と הָרַס壊す という かなり強い対比を置いている。 しかも、「 愚かな女は自分の手で壊す 」と、 壊す主体が強調されている。 さらに面白いのは、 בָּנָה建てる は創世記でも重要な動詞ということ。 例えば、 「神である主は、人から取ったあばら骨を一人の女に造り上げוַיִּבֶן(ヴァイヴェン)、 語根:בָּנָה(建
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6月18日読了時間: 1分


いのちの木(עֵץ חַיִּים)箴言13章
箴言13章を歩いていると、 その真ん中で 一つの木に出会う。 いのちの木。 「望みが長く延ばされると心を病ませる。 しかし、望みがかなうことはいのちの木である。」 (箴言13:12) 箴言13章には、 日常の格言が並んでいる。 口を守ること。 勤勉であること。 子を訓練すること。 富や貧しさ。 そのような言葉が続く中で、 突然、 「いのちの木(עֵץ חַיִּים)」 が現れる。 箴言では4回登場する。 聖書全体でも、創世記3回、箴言4回、黙示録5回 合計12回しか現れない。 知恵はいのちの木である。(箴言3:18) 正しい人の結ぶ実はいのちの木。(箴言11:30) 望みがかなうことはいのちの木。(箴言13:12) 穏やかな舌はいのちの木。(箴言15:4) ことばの初子と言われる初出箇所は、 創世記2章9節。 「神である主は、その土地に、見るからに好ましく、 食べるのに良いすべての木を、そして、園の中央にいのちの木を、 また善悪の知識の木を生えさせた」 いのちの木は、 眺めるためでも、研究するためだけ
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6月17日読了時間: 2分


いのちの木への小道(箴言11章)
1章から9章までは「 わが子よ 」と、父の語りで埋め尽くされていた。 「この道を歩きなさい。」 「あの道に行ってはならない。」 「知恵の声を聞きなさい。」 10章に入ると、 父の語りを聞いた後の日常が映し出されて来る。 11章は、さらに 短い対比を積み上げながら格言集のようになる。 正しい者と悪しき者 その対比が何度も繰り返される。 10章に比べて、 人の内側にあるものが外側に現れてくる。 その人は何を語るのか。 その人は何を与えるのか。 その人は何を信頼するのか。 その結果が現わされる。 1-9章で、父が語り。 10章で、日常が映し出され、 11章で、その日常から、その人の中身が見えてくる。 「 正しい人の結ぶ実はいのちの木。 知恵のある者は人の心をとらえる。 」 (箴言11:30) 正しい人 צַדִּיק (ツァディーク) とは誰なのか。 間違いを犯さない人なのか。 正しい人は、 誠実に歩く人(11:3) 救い出される人(11:8) 導かれる(11:3) 喜びをもたらす(11:10) 実を結ぶ(11:30) と描かれる。 それは行動や
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6月16日読了時間: 2分


箴言10章の前で立ち止まる
「イスラエルの王、 ダビデの子、 ソロモンの箴言」 で始まった箴言。 「わが子よ」 の呼びかけが続く。 聞きなさい。 心を傾けなさい おしえを捨ててはならない。 10章を開くと景色が変わる。 格言集のように 短いことばが並び始める。 表題は 「ソロモンの箴言」 今度は、肩書のないソロモンが現れる。 父の語りかけを聞いてきた読者の前に、 父を喜ばせる子。 母を悲しませる子。 正しい者。 悪しき者。 知恵のある者。 愚かな者。 箴言10章から、 今度は人々のリアルな日常が映し出される。 「知恵のある子は父を喜ばせ、 愚かな子は母の悲しみとなる。」(箴言10:1) 箴言10章を開くと景色が変わる。
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6月15日読了時間: 1分


二つの食卓 箴言9章
箴言8章では、 知恵自身が語った。 「わたしは知恵である。」 知恵は町の門で、 人々が行き交う場所で、 声を上げていた。 9章になると、 知恵はさらに一歩進む。 今度は家を建て、 食卓を整え、 人々を招く。 「さあ、わたしのパンを食べよ。 わたしが混ぜ合わせたぶどう酒を飲め。」 知恵はただ語るだけではない。 食卓へと招く。 しかし9章には、 もう一つの招きがある。 愚かさもまた声を上げる。 「盗んだ水は甘い。 ひそかに食べるパンはうまい。」 知恵も招く。 愚かさも招く。 両方とも人を食卓へ招くのである。 7章には二つの声があった。 父の声。 淫婦の声。 9章には二つの食卓がある。 知恵の食卓。 愚かさの食卓。 箴言は繰り返し問いかける。 どの声を聞くのか。 どの招きに応答するのか。 どの食卓に座るのか。 私たちは毎日、 何かに招かれながら生きている。 知恵は今日も呼びかけている。 「さあ、わたしのパンを食べよ。」 箴言9章は、 二つの招きの前に立つ読者を、 知恵の食卓へと招く章となっている。 「さあ、わたしのパンを食べよ。」
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6月12日読了時間: 1分


知恵の声に聞く 箴言8章
7章には二つの声があった。 前半の父の声 わが子よ、私のことばを守れ。 私の命令を蓄えよ。 後半の陰婦の声 さあ来て 愛を楽しもう 父の声と淫婦の声が並べられていた7章。 8章になると 「知恵は呼ばわらないだろうか。」 で始まり、 אֲנִי־חָכְמָה わたしは知恵である(箴言8:12)。 知恵自身が語り始める。 7章では、 複数の声が聞こえ、 8章では、 知恵の声そのものが全面に出て来る。 7章で、 「どの声を聞くのか」と問われ、 8章で、 「知恵は何を語っているのか」 へと導かれる。 箴言8章は、 知恵の声に耳を傾けるよう読者を招く章となっている。 「わたしは知恵である。」
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6月11日読了時間: 1分


誰の声を心に蓄えているのか 箴言7章
「わが子よ、私のことばを守り、 私の命令をあなたのうちに蓄えよ」 「私の命令を守って生きよ。 わたしの命令を守って生きよ。 わたしの教えを、自分の瞳のように守れ」 箴言7:1-2 「自分をよその女から守り、 ことばの滑らかな、見知らぬ女から守るために」 箴言7:5 一見、厳しく聞こえる命令。 性的誘惑に気を付けよ。 「 わが子よ、 」と呼びかける父の言葉から始まります。 創世記にも命令が出て来ます。 וַיְצַו יְהוָה אֱלֹהִים עַל־הָאָדָם לֵאמֹר מִכֹּל עֵץ־הַגָּן אָכֹל תֹּאכֵל 主なる神は人に命じて言われた。 「園のどの木からでも、 あなたは必ず食べなさい。」 創世記2:16 そのあとで食べてはならない木が語られます。 まず、「受け取れ」から始まります。 それも命令です。 箴言7章の「わが子よ、私の命令を守れ」を聞くと、 創世記2章の「園の木をすべて食べよ」が聞こ
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6月10日読了時間: 2分


人生を壊すものは、身近な所にある(箴言6章)
箴言6章は意外なところから始まる。 自分の口のことばで罠にかかってしまったら 命がけで自分を救い出せとまで語られる。 誰にでも起こりそうな話。 次は怠け者への警告。 少し眠り、 少しまどろみ、 少し手をこまぬいて休む。 これも特別な話ではない。 人の日常で沸き起こる生活の現実が記される。 保証人 惰性 争い 姦淫 壮大な理想から始まらない。 人生の中で誰もが経験しそうな、 小さなつまずきから始まる。 自分自身の姿が見え隠れしそうな真ん中で 「わが子よ、あなたの父の命令を守れ。 あなたの母の教えを捨ててはならない。」 と語られる。 ふと、立ち止まされる。 他愛のない日常に、 何を語ろうとしているのか。 人生を壊すものは、案外身近な所にある。
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6月9日読了時間: 1分


知識を愛する(箴言12章1節)
訓戒を愛する人は知識を愛する。 אֹהֵב מוּסָר אֹהֵב דָּעַת אֹהֵב= 愛する מוּסָר= 訓戒 ・ 懲らしめ・ しつけ・・ 教育 語根יסר 「矯正する」「訓練する」「しつける」 ※日本語の「訓戒」より広い。 教えにとどまらず、 痛みを伴う訓練・修正・矯正を含む。 אֹהֵב דָּעַת 知識を愛する人 語根ידע「知る」 ※直訳すると 訓練・矯正を愛する人は知識を愛する。 叱責を憎む者は間抜け者。 וְשֹׂנֵא תוֹכַחַת בַּעַר שֹׂנֵא= 憎む者 תוֹכַחַת= 叱責・ 戒め ・ 指摘・論証による修正 語根יכח「正す」「論じて明らかにする」「誤りを示す」 בַּעַר= 間抜け者・愚か者 家畜のような鈍さ、思慮のなさを含意する語。
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6月7日読了時間: 2分


父の声と、もう一つの声(箴言5章)
箴言5章は、 不倫の戒めや、 淫婦への警告として読まれる箇所である。 もちろん本文にも、そのことは語られている。 けれども、 最初に聞こえてくるのは、 「わが子よ、私の知恵に注意せよ。 私の英知に耳を傾けよ。」(箴言5:1) 淫婦の声ではない。 父の声である。 父は語る。 「注意せよ。」 「耳を傾けよ。」 「聞け。」 その呼びかけが続く。 その後でもう一つの声が現れる。 「よその女の唇は蜜をしたたらせ、 その口は油よりも滑らかである。」(箴言5:3) こちらも人を引き寄せる。 耳に心地よく響く。 不倫の戒めというより、 対比のように、二つの声と出会うことになる。 父の声と、 そして、もう一つの声。 わが子は、その間に立っている。 どちらの声を聞くのか。 どちらの声に耳を傾けるのか。 箴言5章は、その問いを静かに置いているように見える。 父は語る。 また語る。 何度も語る。 そして、 もう一つの声も語り続ける。 だから父は、 「私の知恵に注意せよ。」 と語るのであろう。 今日もまた、 どの声を聞いているのか。 その問いの前で、 しばらく佇ん
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6月4日読了時間: 1分
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