
おやつの時間
サンタクロース
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サンタクロースって、どこから来たの?
聖ニコラオスから、赤い服のおじいさんまで
目次
一 はじまりは、北国ではありませんでした
二 夜に、そっと金を届ける人
三 靴下と煙突は、どこから?
四 名前をたどると、オランダへ
五 トナカイとそりが、本に現れます
六 赤い服は、コカ・コーラが決めたの?
七 赤鼻のトナカイは、さらに後から
八 一人の姿に、いくつもの時代
九 もう一度、聖書へ
参考にした資料
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赤い服に、白いひげ。
トナカイの引くそりに乗って、子どもたちに贈り物を届ける。
サンタクロースと聞けば、すぐに姿が浮かびます。
でもね、この人は、いつからこの姿だったのでしょう。
前回は、イエスの誕生と、その誕生を祝う日と、12月25日という日付を分けてたどりました。
今回は、サンタクロース。
もとになったとされる人物。
その人について伝えられてきた話。
詩や絵本、広告の中で育った姿。
こちらも、一つずつたどってみました。
■ 一 はじまりは、北国ではありませんでした
由来を調べると、聖ニコラオスという名前に出会います。
4世紀ごろ、ミュラという町の司教だったと伝えられる人です。場所は、現在のトルコ南西部。地中海に面した地方でした。
雪深い北国を思い浮かべていたら、ずいぶん違う場所に来ました。
ただ、生涯を詳しく知ろうとすると、わからないところがあります。同時代に書かれた伝記は残っていません。詳しい物語は、後世の聖人伝を通して伝えられています。
こう語られてきたこと。
実際に起きたと確認できること。
この二つを分けながら、先へ進みます。
■ 二 夜に、そっと金を届ける人
ニコラオスの聖人伝には、貧しくなった父親と、三人の娘の話があります。
父親には、娘たちを結婚させるための持参金がありません。暮らしに追い詰められ、娘たちを身売りさせるしかない、というところまで来ていました。
それを知ったニコラオスは、夜、家の窓から金を投げ入れます。
一人目の娘が結婚できるようになります。
次に、二人目。
三人目のとき、父親は、誰が助けてくれたのかを知ります。
ニコラオスは、自分がしたことを、生きている間は誰にも話さないよう求めた、と書かれています。
これは、ミカエルという著者による、後世の聖人伝に残る話です。出来事をその場で記録したものではありません。
ここで描かれているのは、おもちゃを配るおじいさんではなく、困窮する家族を、人知れず助けようとする人物でした。
■ 三 靴下と煙突は、どこから?
サンタクロースといえば、暖炉に下げた靴下。
煙突から入ってきて、贈り物を置いていきます。
ニコラオスが投げた金が、干してあった靴下に入った、という説明を聞くこともあります。
けれども、今回確認したミカエルの聖人伝では、金を届けたのは窓からでした。靴下に入った、とは書かれていません。
窓から金を届ける話。
煙突を通ってやってくる話。
靴下に贈り物が入る習慣。
つながりそうに見えても、最初から全部そろっていたとは言えません。
19世紀のアメリカの出版物には、煙突のそばに靴下を下げ、ニコラオスの贈り物を待つ描写が見つかります。
古い聖人伝と、見慣れたクリスマスの風景。その間にも、時間が流れていました。
■ 四 名前をたどると、オランダへ
英語の Santa Claus は、オランダ語の Sinterklaas に由来すると説明されています。
シンタクラース。
サンタクロース。
声にしてみると、名前のつながりが聞こえます。
オランダの伝統では、聖ニコラオスを記念する12月6日の前夜、12月5日に、子どもたちへ贈り物やお菓子を届けます。
よく思い浮かべるクリスマス・イブとは、日が違っていました。
ただ、「オランダの移民が、その習慣をそのままアメリカへ運んだ」と言い切ることには、注意が必要なようです。
セント・ニコラス・センターの解説では、オランダ植民地時代のニューヨークで、その習慣が行われていたという証拠は乏しいとされています。
名前の由来と、習慣が伝わった経緯も、別に確かめる必要がありました。
■ 五 トナカイとそりが、本に現れます
19世紀のアメリカに来ると、出版物の中で、姿の変化を追えるようになります。
1821年の『子どもの友』には、トナカイの引くそりに乗った「サンテ・クロース」が登場します。
やってくるのは、クリスマス・イブです。
この本には、贈り物だけでなく、悪い行いをした子を親が懲らしめるための、むちも出てきます。
今の優しいおじいさんの姿だけでは、拾いきれないところもありました。
1823年には、「聖ニコラオスの訪問」という詩が発表されます。
白いひげ。
丸いおなか。
おもちゃを詰めた荷物。
この詩が広く読まれ、今日につながるサンタクロース像を広めました。
一般にはクレメント・クラーク・ムーアの作品として知られています。ただ、最初は匿名で発表され、作者については異論もあります。
作者が誰かという問いと、この詩が広く読まれたことは、分けておきます。
■ 六 赤い服は、コカ・コーラが決めたの?
「サンタクロースが赤い服を着ているのは、コカ・コーラの広告から」
そんな話を聞いたことはありませんか。
1931年から、画家ハッドン・サンドブロムが、コカ・コーラの広告のためにサンタクロースを描きました。
ふくよかで、親しみのある人物です。
けれども、赤い服のサンタクロースは、その広告より前にも描かれていました。コカ・コーラ自身も、そのことを説明しています。
広告が、赤い服を初めて考え出したわけではありませんでした。
すでにあった姿を使い、描き直し、広く届けた。
「作り出した」と「広めた」の間にも、継ぎ目がありました。
■ 七 赤鼻のトナカイは、さらに後から
トナカイといえば、赤い鼻のルドルフを思い浮かべる方もいるでしょう。
このルドルフは、古い聖人伝に登場する動物ではありません。
1939年、アメリカの百貨店モンゴメリー・ウォードが、買い物客に配るクリスマスの物語を企画します。その依頼を受けたロバート・L・メイが、ルドルフを生み出しました。
作者の出版社も、この経緯を紹介しています。
トナカイのそりが描かれた1821年から、百年以上あとです。
見慣れた一組でも、同じときに生まれたわけではありませんでした。
■ 八 一人の姿に、いくつもの時代
ここまでたどると、サンタクロースには、いくつもの時代が重なっていました。
困っている人を助ける、聖ニコラオスの伝承。
その人を記念して、贈り物をする習慣。
そりに乗り、煙突から入ってくる、詩や絵本の人物。
広告に繰り返し描かれる、赤い服のおじいさん。
そこに、赤鼻のトナカイも加わります。
「もとは聖ニコラオスです」という一言では、その間の変化までは見えませんでした。
人物についての伝承。
人々の習慣。
物語の創作。
絵や広告。
それぞれ、確かめる資料が違っていました。
■ 九 もう一度、聖書へ
前回読んだ、ルカ2章に戻ってみます。
御使いが、救い主の誕生を告げます。
羊飼いたちは、その知らせを聞き、ベツレヘムへ出かけます。見聞きしたことを知らせ、神をあがめ、賛美しながら帰っていきます。
聖書本文:ルカ2章8〜20節の要約
神が知らせ、人が応える。
そこに、サンタクロースは登場しません。
サンタクロースの来た道は、聖人伝や習慣、詩や絵、広告の中でたどります。
イエスの誕生は、聖書の本文で読みます。
同じクリスマスの風景に置かれていても、同じところに書かれている話ではありませんでした。
知っているつもりの赤い服を、少しほどいてみたら、ずいぶん長い道が見えてきました。
次は、その隣に立っている木。
クリスマスツリーにも、来た道があります。
今回のおやつの時間、いかがでしたか?
■ 参考にした資料
この記事では、後世の聖人伝に書かれた物語、出版物で確認できる描写、歴史解説を分けています。聖書の説明は、特定の日本語訳からの引用ではなく要約です。
[1]ヨナ・レンダリング「聖ニコラオスの初期の史料」 生涯についての史料と、その限界を扱う歴史解説。 開く
[2]ミカエル『聖ニコラオス伝』英訳 三人の娘への援助の物語を参照。後世の聖人伝として扱っています。 開く
[3]米国議会図書館「19世紀アメリカの印刷物に見るサンタクロース」 名前、靴下、煙突、詩について参照。 開く
[4]セント・ニコラス・センター「聖ニコラオスとサンタクロースの由来」 習慣の伝播、1821年の絵本、1823年の詩について参照。 開く
[5]コカ・コーラ社「ハッドン・サンドブロムとサンタクロース」 広告を制作した企業による、自社の広告史の説明。 開く
[6]インディアナポリス子ども博物館「サンタが赤い服を着ているわけ」 赤い服が1931年の広告より前にもあったことを確認。 開く
[7]サイモン&シュスター社「ロバート・L・メイ」 作者の出版社による、ルドルフ誕生の説明。 開く
[8]ルカの福音書2章8〜20節
資料確認日:2026年10月24日
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